『山・鉾・屋台の祭り ―風流の開花―』
山・鉾・屋台の祭り(いわゆる山車祭り)の研究者にとってのバイブルと言われている、植木行宣著『山・鉾・屋台の祭り ―風流の開花―』(白水社 2001年11月刊)の第二編「山・鉾・屋台の伝承」第三章「山と屋台の祭り」の中で、放生祭が紹介されている。
七 小浜八幡神社の放生会
福井県小浜市男山に鎮座する八幡神社では、毎年九月十四、五日に行われ、山車(やま)や大太鼓、獅子などの出し物が小浜の旧市街を巡り、町は祭り一色となる。
出し物は氏子二四区(町内)の分担で、次のように一二区ずつ隔年交替で出すことになっている。
(西暦奇数年) (同偶数年)
大太鼓 住吉、広峯、大宮区 鈴鹿、大原区
神楽 津島、神田、白鳥区 白鬚、鹿島区
獅子 玉前、日吉区 多賀、男山区
山車 清滝、今宮、竜田、飛鳥区 生玉、塩竃、酒井、貴船、浅間区
大太鼓は鉦と鋲打ちの太鼓の囃子で唐子風の衣裳を着た青年が二人一組、あるいは三人一組で棒の芸を見せる棒振である、大太鼓の曲打ちも加わる。風流系の露払いの棒振から展開したものと考えられるもので、「棒振太鼓」ともよばれている。
神楽は伊勢太神楽の荷長持に似た神楽屋台に大小の太鼓を載せ、徒歩の笛とで奏する囃子である。屋台に獅子頭が乗るが、獅子舞はともなわない。現在は、前屋台という小太鼓(締め太鼓)二丁を並べ据えた小形の屋台が附属していて、神前や各区の本陣、あるいは花を貰った家などで演奏する際は、この前屋台に青年や子供の太鼓打ちが乗り桴さばきを披露する。
獅子はいわゆる三匹獅子舞で、老若二頭の雄獅子と雌獅子が腰鼓を打ちつつ笛と歌に合わせて踊る。寛永十一年(一六三四)に国替えで小浜に移った酒井忠勝が武蔵川越から伝えたものである。
山車はいま九台ある。飛鳥区のそれだけが芸屋台で、その他はすべて囃子屋台となっている。芸屋台は単層吹抜屋形四輪式で、前部の舞台で子供の手踊りなどを演じる。それに対し、囃子屋台は二層吹抜屋形四輪式の曳山の形態で、一層前部に「出囃子」という張り出しの小舞台が付く。その小舞台に小太鼓(締め太鼓)二丁を並べ、太鼓打ちが出て出囃子を見せるところに特色がある。その後方の御簾の中が太鼓方、二層が笛方の座で大勢が乗り込んで囃す。囃子には道行囃子と奉納囃子があり、神社や本陣、花を貰った家などに山車を停めて奉納囃子を演奏する。出囃子の出番はこの奉納囃子であり、道行囃子には大太鼓が打たれる。
これらの出し物の本来の舞台は天王社(現・広嶺神社)の祇園会であった。それが明治維新の結果、明治四年(一八七一)に祇園会から離れ八幡神社の放生会に移行し、現在に至ったものである。
江戸時代の祇園会は神輿の神幸、還御にさまざまな出し物が随う華やかな練物の祭りであった。現在の出し物はそれに系譜するものだが、山車の形態も一様ではなく、人形山のほか囃子屋台、踊り屋台などがあった。その様相の一端は広嶺神社所蔵の「小浜祇園祭礼絵巻」(口絵写真参照)に描き留められており、行列の記録も多くはないが残されている。詳細は垣東敏博氏の論考に任せたいが※、江戸初期延宝七年(一六七九)における祇園会練物を一覧しておく(『拾椎雑話』)。なお、←○○は寛文十一年(一六七一)の出し物、→は他町と組、×は未出、無印は継続、である。
1 笠鉾 上小路・裏町
2 花筏 安良町×
3 花車 新突抜←汐汲
4 両替 突抜町・下市場
5 呉服売 永三小路→
6 布袋山 質屋町←布袋
7 鉄砲持 塩屋町←鉄砲
8 弓持 魚屋町
9 長刀山 大津町←長刀
10 富樫 川縁町
11 進上山 富沢町←(瀬木町)
12 餌差 広小路・東宮前
13 鷹匠 今町←鷹師(永三小路)
14 長刀持 上市場←長刀
15 巻狩山 塩浜小路・大蔵小路←聖
16 洲浜 中西町←順礼
17 参宮 西五町(山岸・甲呂木・浜浦・清水・文珠)←西七町
18 餅搗山 材木町・今在家←餅搗
19 夷大黒 西宮前・八幡小路
20 鯛釣 片原町
21 大黒山 瀬木町→・新町
22 能因法師 今道町
23 愛宕参 八百屋町
24 木賊山 須崎町・川崎町←木賊
25 花園 風呂小路←虚無僧
26 小刀売 缺脇町
27 鎧武者 瀧町・石垣町
28 孟宗山 松寺小路←孟宗
29 田植 二鳥居
30 鵜遣 石屋小路・達磨小路・薬師小路
全三〇番のうち、山は八台、その他はすべて仮装行列等の通り物であり、通り物は他所の練物の趣向と相通じるものが多い。この練物のあり方は江戸後期まで変わらず、文化末ころの「若耶一國亀鑑」によれば、全四四カ町四二番の出し物のうち、山は九台に止まっている。ただし、布袋・大黒山以外は別の山になっている。その山がすべて囃子屋台に変化しているわけだが、往時の人形等を本陣飾りとして伝える区もある。今宮区の行者人形(行者山)と尉と姥の面(高砂山)、玉前区の大黒人形(大黒山)、生玉区の蛭子人形(蛭子山)、酒井区の布袋面(布袋山)がそれである。
※垣東敏博「若狭小浜の祭礼と山車の変遷 ―練物・人形山・囃子屋台―」(植木行宣・田井竜一編『都市の祭礼 ―山・鉾・屋台と囃子―』 岩田書院 2005年)。
七 小浜八幡神社の放生会
福井県小浜市男山に鎮座する八幡神社では、毎年九月十四、五日に行われ、山車(やま)や大太鼓、獅子などの出し物が小浜の旧市街を巡り、町は祭り一色となる。
出し物は氏子二四区(町内)の分担で、次のように一二区ずつ隔年交替で出すことになっている。
(西暦奇数年) (同偶数年)
大太鼓 住吉、広峯、大宮区 鈴鹿、大原区
神楽 津島、神田、白鳥区 白鬚、鹿島区
獅子 玉前、日吉区 多賀、男山区
山車 清滝、今宮、竜田、飛鳥区 生玉、塩竃、酒井、貴船、浅間区
大太鼓は鉦と鋲打ちの太鼓の囃子で唐子風の衣裳を着た青年が二人一組、あるいは三人一組で棒の芸を見せる棒振である、大太鼓の曲打ちも加わる。風流系の露払いの棒振から展開したものと考えられるもので、「棒振太鼓」ともよばれている。
神楽は伊勢太神楽の荷長持に似た神楽屋台に大小の太鼓を載せ、徒歩の笛とで奏する囃子である。屋台に獅子頭が乗るが、獅子舞はともなわない。現在は、前屋台という小太鼓(締め太鼓)二丁を並べ据えた小形の屋台が附属していて、神前や各区の本陣、あるいは花を貰った家などで演奏する際は、この前屋台に青年や子供の太鼓打ちが乗り桴さばきを披露する。
獅子はいわゆる三匹獅子舞で、老若二頭の雄獅子と雌獅子が腰鼓を打ちつつ笛と歌に合わせて踊る。寛永十一年(一六三四)に国替えで小浜に移った酒井忠勝が武蔵川越から伝えたものである。
山車はいま九台ある。飛鳥区のそれだけが芸屋台で、その他はすべて囃子屋台となっている。芸屋台は単層吹抜屋形四輪式で、前部の舞台で子供の手踊りなどを演じる。それに対し、囃子屋台は二層吹抜屋形四輪式の曳山の形態で、一層前部に「出囃子」という張り出しの小舞台が付く。その小舞台に小太鼓(締め太鼓)二丁を並べ、太鼓打ちが出て出囃子を見せるところに特色がある。その後方の御簾の中が太鼓方、二層が笛方の座で大勢が乗り込んで囃す。囃子には道行囃子と奉納囃子があり、神社や本陣、花を貰った家などに山車を停めて奉納囃子を演奏する。出囃子の出番はこの奉納囃子であり、道行囃子には大太鼓が打たれる。
これらの出し物の本来の舞台は天王社(現・広嶺神社)の祇園会であった。それが明治維新の結果、明治四年(一八七一)に祇園会から離れ八幡神社の放生会に移行し、現在に至ったものである。
江戸時代の祇園会は神輿の神幸、還御にさまざまな出し物が随う華やかな練物の祭りであった。現在の出し物はそれに系譜するものだが、山車の形態も一様ではなく、人形山のほか囃子屋台、踊り屋台などがあった。その様相の一端は広嶺神社所蔵の「小浜祇園祭礼絵巻」(口絵写真参照)に描き留められており、行列の記録も多くはないが残されている。詳細は垣東敏博氏の論考に任せたいが※、江戸初期延宝七年(一六七九)における祇園会練物を一覧しておく(『拾椎雑話』)。なお、←○○は寛文十一年(一六七一)の出し物、→は他町と組、×は未出、無印は継続、である。
1 笠鉾 上小路・裏町
2 花筏 安良町×
3 花車 新突抜←汐汲
4 両替 突抜町・下市場
5 呉服売 永三小路→
6 布袋山 質屋町←布袋
7 鉄砲持 塩屋町←鉄砲
8 弓持 魚屋町
9 長刀山 大津町←長刀
10 富樫 川縁町
11 進上山 富沢町←(瀬木町)
12 餌差 広小路・東宮前
13 鷹匠 今町←鷹師(永三小路)
14 長刀持 上市場←長刀
15 巻狩山 塩浜小路・大蔵小路←聖
16 洲浜 中西町←順礼
17 参宮 西五町(山岸・甲呂木・浜浦・清水・文珠)←西七町
18 餅搗山 材木町・今在家←餅搗
19 夷大黒 西宮前・八幡小路
20 鯛釣 片原町
21 大黒山 瀬木町→・新町
22 能因法師 今道町
23 愛宕参 八百屋町
24 木賊山 須崎町・川崎町←木賊
25 花園 風呂小路←虚無僧
26 小刀売 缺脇町
27 鎧武者 瀧町・石垣町
28 孟宗山 松寺小路←孟宗
29 田植 二鳥居
30 鵜遣 石屋小路・達磨小路・薬師小路
全三〇番のうち、山は八台、その他はすべて仮装行列等の通り物であり、通り物は他所の練物の趣向と相通じるものが多い。この練物のあり方は江戸後期まで変わらず、文化末ころの「若耶一國亀鑑」によれば、全四四カ町四二番の出し物のうち、山は九台に止まっている。ただし、布袋・大黒山以外は別の山になっている。その山がすべて囃子屋台に変化しているわけだが、往時の人形等を本陣飾りとして伝える区もある。今宮区の行者人形(行者山)と尉と姥の面(高砂山)、玉前区の大黒人形(大黒山)、生玉区の蛭子人形(蛭子山)、酒井区の布袋面(布袋山)がそれである。
※垣東敏博「若狭小浜の祭礼と山車の変遷 ―練物・人形山・囃子屋台―」(植木行宣・田井竜一編『都市の祭礼 ―山・鉾・屋台と囃子―』 岩田書院 2005年)。


