たいころじい記事その2
2007年1月発行の第30巻には、「特集 ばちコレクション」の一例として、放生祭の大太鼓が紹介されている。
辻辻での太鼓の打ち合いが見ものの『放生祭』(福井県小浜市)
若狭地方最大の秋祭りといわれる、小浜市八幡神社の例祭『放生祭(ほうぜまつり)』。江戸時代まで広嶺神社で行われていた祇園祭礼の演し物をとり入れた祭りには、神輿、山車(やま)、神楽、獅子舞、大太鼓が繰り出し、二日間にわたって辻辻を巡行する。唐風の衣裳に六尺棒をたずさえた棒振りを先導役とする太鼓は三台。口径は三尺ほどで、編み笠と覆面で顔を覆った打ち手十人前後が、曳台に横置きに据えた太鼓を代わる代わる打ち囃す。
―〈写真〉3台の太鼓は別々のルートで市内を巡行する。―
ばちは「バイ」とよばれ、所有する五つの地区でそれぞれ素材と形状が異なる。たとえば大宮区ではホオノキを使い、全長は三二センチ。くびれの部分から先端までが放射線状に太くなっており、ふくらんだ根本を手のひらで包み込むようにして親指と人差し指でくびれの部分をしっかりつかむ。こうして持つことで大きく腕を回し、手首のスナップをきかせながら力強く打つことができる。
―〈写真〉大宮区のホオノキのバイ。グリップエンドのふくらんだ部分を手のひらで包んで打つ。―
一方、住吉区ではヒノキのバイを使う。同地区は江戸時代の祇園祭にも出ており、三百年以上の歴史をもつ。当時、太鼓は担いで巡行したことから胴は軽いキリ胴で、そのころにはバイもキリ製が使われていた。やがて太鼓がケヤキ胴になるとキリのバイでは鳴らなくなり、ヒノキのバイに変わり、今ではわずかだがホオノキのバイも使われるようになった。長さは約三〇センチで、くびれの部分からゆるやかなカーブを描いて太くなっている。打ち方は大宮区の横打ちに対して正面打ちに近く、あまり大きくバイを振り回すこともないためか、根元を包み込むような持ち方はしていないようだ。
―〈写真〉住吉区のヒノキのバイ―
この『放生祭』のバイをはじめ、山車の車輪、棒振りの棒などは、以前は地元の大工などがつくっていたが、現在はただ一人の木工が一手に引き受けているという。しかし、高齢のうえに後継者もないため、祭りの存続という点からも将来が心配されている。
辻辻での太鼓の打ち合いが見ものの『放生祭』(福井県小浜市)
若狭地方最大の秋祭りといわれる、小浜市八幡神社の例祭『放生祭(ほうぜまつり)』。江戸時代まで広嶺神社で行われていた祇園祭礼の演し物をとり入れた祭りには、神輿、山車(やま)、神楽、獅子舞、大太鼓が繰り出し、二日間にわたって辻辻を巡行する。唐風の衣裳に六尺棒をたずさえた棒振りを先導役とする太鼓は三台。口径は三尺ほどで、編み笠と覆面で顔を覆った打ち手十人前後が、曳台に横置きに据えた太鼓を代わる代わる打ち囃す。
―〈写真〉3台の太鼓は別々のルートで市内を巡行する。―
ばちは「バイ」とよばれ、所有する五つの地区でそれぞれ素材と形状が異なる。たとえば大宮区ではホオノキを使い、全長は三二センチ。くびれの部分から先端までが放射線状に太くなっており、ふくらんだ根本を手のひらで包み込むようにして親指と人差し指でくびれの部分をしっかりつかむ。こうして持つことで大きく腕を回し、手首のスナップをきかせながら力強く打つことができる。
―〈写真〉大宮区のホオノキのバイ。グリップエンドのふくらんだ部分を手のひらで包んで打つ。―
一方、住吉区ではヒノキのバイを使う。同地区は江戸時代の祇園祭にも出ており、三百年以上の歴史をもつ。当時、太鼓は担いで巡行したことから胴は軽いキリ胴で、そのころにはバイもキリ製が使われていた。やがて太鼓がケヤキ胴になるとキリのバイでは鳴らなくなり、ヒノキのバイに変わり、今ではわずかだがホオノキのバイも使われるようになった。長さは約三〇センチで、くびれの部分からゆるやかなカーブを描いて太くなっている。打ち方は大宮区の横打ちに対して正面打ちに近く、あまり大きくバイを振り回すこともないためか、根元を包み込むような持ち方はしていないようだ。
―〈写真〉住吉区のヒノキのバイ―
この『放生祭』のバイをはじめ、山車の車輪、棒振りの棒などは、以前は地元の大工などがつくっていたが、現在はただ一人の木工が一手に引き受けているという。しかし、高齢のうえに後継者もないため、祭りの存続という点からも将来が心配されている。


