放生祭は福井県指定無形民俗文化財
福井県教育委員会編集・発行(2005年3月)の『文化財調査報告』第36集には、次のように記されている。
小浜放生祭
福井県文化財保護審議会委員 入江宣子
県指定番号 福井県指定第338号
指定年月日 平成14年4月23日
指定種別 無形民俗文化財
名称・数量 小浜放生祭
所在地 小浜市
保存団体 放生祭祭礼委員会
調査年月日 平成12年9月12日〜14日
平成13年9月13日〜15日
調査者 天野武、入江宣子、金田久璋
放生祭は、毎年9月敬老の日直前の土・日曜日に行われる小浜市の中心市街地に鎮座する小浜八幡(男山八幡)の祭礼である。旧小浜24地区が隔年で12区ずつ、山車(囃子)、神楽(太鼓)、棒振り太鼓、獅子(三匹獅子舞)の四種類の芸能を奉納、地域あげての氏子組織が多彩な芸能を伴う祭礼行事を熱心に支えている。地区名と奉納芸能を記すと、西暦奇数年には、清滝・今宮・竜田・飛鳥が山車を、津島・神田・白鳥が神楽を、住吉・広峰・大宮が大太鼓を、玉前・日吉が獅子を出す。偶数年には生玉・酒井・塩竃・貴船・浅間が山車を、鹿島が神楽を、鈴鹿・大原が大太鼓を、男山・多賀が獅子を、香取が神輿を出す(白鬚は休止中)。祭りの内容は、江戸時代、小浜藩主酒井家の庇護を得て盛んだった広嶺神社の祇園祭を明治以後引き継いだもので、江戸時代の古文書や広嶺神社祭礼絵巻(小浜市指定文化財)によってその歴史的変遷をたどることができる。
小浜城に近い広嶺神社(小浜市千種)の祇園祭は、中世京都の祇園祭の影響を受け江戸時代以前からおこなわれていたと思われる。江戸時代には、三基の神輿が府中村、上竹原村を経て小浜八幡宮のお旅所へ向かう時に、棒振り太鼓・神楽・酒井氏とともに武州川越から移ってきた三匹獅子舞が供奉した。七日後、神輿が広嶺神社に還御する際には、小浜の町民たちはその豊かな経済力を背景に、華やかな練物(カラフルに飾り立てた仮装や作り物、賑やかな囃子を伴う芸能など)や山車を曳き、長大な行列をしたてて従った。明治維新後、氏子の地域割りが変わり、小浜町民は小浜八幡の例祭放生会に参加することになり、初期の混乱はあったものの、明治中期頃からは徐々に賑わいを取り戻し、各町内の出し物も次第に現在見られる4種類に固定化し現在に至っている。
現在若狭地域に数多く分布する棒振り太鼓や神楽、山車の囃子には、小浜から習ったと伝えているところも多く、周辺の祭礼芸能にも強い影響力を持っている。
小浜放生祭
福井県文化財保護審議会委員 入江宣子
県指定番号 福井県指定第338号
指定年月日 平成14年4月23日
指定種別 無形民俗文化財
名称・数量 小浜放生祭
所在地 小浜市
保存団体 放生祭祭礼委員会
調査年月日 平成12年9月12日〜14日
平成13年9月13日〜15日
調査者 天野武、入江宣子、金田久璋
放生祭は、毎年9月敬老の日直前の土・日曜日に行われる小浜市の中心市街地に鎮座する小浜八幡(男山八幡)の祭礼である。旧小浜24地区が隔年で12区ずつ、山車(囃子)、神楽(太鼓)、棒振り太鼓、獅子(三匹獅子舞)の四種類の芸能を奉納、地域あげての氏子組織が多彩な芸能を伴う祭礼行事を熱心に支えている。地区名と奉納芸能を記すと、西暦奇数年には、清滝・今宮・竜田・飛鳥が山車を、津島・神田・白鳥が神楽を、住吉・広峰・大宮が大太鼓を、玉前・日吉が獅子を出す。偶数年には生玉・酒井・塩竃・貴船・浅間が山車を、鹿島が神楽を、鈴鹿・大原が大太鼓を、男山・多賀が獅子を、香取が神輿を出す(白鬚は休止中)。祭りの内容は、江戸時代、小浜藩主酒井家の庇護を得て盛んだった広嶺神社の祇園祭を明治以後引き継いだもので、江戸時代の古文書や広嶺神社祭礼絵巻(小浜市指定文化財)によってその歴史的変遷をたどることができる。
小浜城に近い広嶺神社(小浜市千種)の祇園祭は、中世京都の祇園祭の影響を受け江戸時代以前からおこなわれていたと思われる。江戸時代には、三基の神輿が府中村、上竹原村を経て小浜八幡宮のお旅所へ向かう時に、棒振り太鼓・神楽・酒井氏とともに武州川越から移ってきた三匹獅子舞が供奉した。七日後、神輿が広嶺神社に還御する際には、小浜の町民たちはその豊かな経済力を背景に、華やかな練物(カラフルに飾り立てた仮装や作り物、賑やかな囃子を伴う芸能など)や山車を曳き、長大な行列をしたてて従った。明治維新後、氏子の地域割りが変わり、小浜町民は小浜八幡の例祭放生会に参加することになり、初期の混乱はあったものの、明治中期頃からは徐々に賑わいを取り戻し、各町内の出し物も次第に現在見られる4種類に固定化し現在に至っている。
現在若狭地域に数多く分布する棒振り太鼓や神楽、山車の囃子には、小浜から習ったと伝えているところも多く、周辺の祭礼芸能にも強い影響力を持っている。


